オンリーイベントの恐怖(4)

 4.当日から、翌日まで

 

 2002年3月。日曜日。

 ゲームAのオンリーイベントが東京文具共和会館で行われた。

 今もここのイベント会場で同人即売会ってやってるんだろうか。当時はここは同人オンリーイベントのメッカ的会場で、ほぼ毎週末何らかのオンリーや同人即売会がやっていたのを覚えている。

 春の訪れはまだ少し早くて、少し肌寒かった。

 

 俺はその会場に行く足が重苦しかった。結局沖さんには何も言えず、他のメンバーとは変わりなくゲームBで遊んではいたが、少なくとも沖さんが当日まで水面下で行われていたことに気づける筈はなかっただろう。ゲームBでは変わらず一緒に遊んでいたし、周りは特段変わったそぶりを見せてはいなかった(と思う)。

 だからこそ当日参加する足取りが重かった。何も起きないでほしいと思いながら会場につき、遠方から来たゆーさんや名さんやにーさん、Wさんとも挨拶を交わして設営を始める。きゃいきゃいと嬌声が響く中、イベントはスタートした。

 イベントはつつがなく終わっていき、俺も本を買いまくり、ゲームB繋がり以外の友達ともおしゃべりをしながら一日があっという間に終わった。

 15時になり、イベントは盛り上がりを見せたまま無事に終了。俺を含む残っていた数人がイベント会場の机の撤収などを手伝い、主催者さんをねぎらいつつ、俺はゲームB繋がりのメンバーとは違う、別の人とアフターを予定していたのでそのメンバーと会場を出ようとした時だった。

 沖さん「俺さん!」

 俺「あ、沖さん! 今日は楽しかったね、おつかれさま(内心びくびくしながら言っていた)」

 沖さんは焦ったような表情を見せて俺に近づいてきた。その様子は狼狽したというか、憔悴したというか……とにかく、焦っていた様子だった。

 沖さん「突然で申し訳ないんだけど、今日俺さんの家に泊めてもらえることってできる?」

 彼女が本当に焦っていたのを今でも覚えている。普通、突然泊めてくれなんてさほど仲がいい人にすらいう機会はないだろう(俺は一度も経験がない)。そしてそれを、少なくともリアルでは殆ど関りがない(ゲームBでは関りがあるが)俺に言ってきた、……ということは、つまりほかのゲームB繋がりの人も、そうじゃない友の会繋がりの人(友の会メンバーでもゲームBを遊んでいない人はいた)も、頼れなくなったという意味だった。実際東さんやゆーさんが何を言ったのかは見ていないのでわからないが、それでも間違いなく「お前は泊めてやんないよ」と言ったのは違いなかった。

 俺はアフター行く友達を待たせてしまっていることも気にかけつつ、

 俺「突然は……まだ俺も実家暮らしだし、ちょっと難しいかな……」

 言葉を濁しつつそう言うしかなかった。俺の両親は厳格な人だったが、外面はいいので言えば快く泊めてくれることは出来ただろう。が、後から小言の一言二言が来るのは間違いないし、それに俺は別の友人とアフターをする予定だったため、沖さんと今から家に帰るのは嫌だった。自分の予定を狂わせられたくなかったのだ。

 自分勝手だと思う。けど待たせてる友達をいきなり割り込んできた人に譲らせる理由もない。……ので、そう言ったまでだった。正直ここまでの事で自分は何度も何度も究極の選択を迫られている状況だったため、解放されたかったというのもある。

 沖さんは、そうだよね……ごめん、と落胆した様子で去ろうとしたため、俺はあわてて「どうかしたの? 東さんところに泊めてもらうんじゃなかったの?」と聞いた。

 沖さんは力なく笑って「そうだったんだけどね……なんかできなくなっちゃったみたいで……」と言い残して会場を後にした。俺は何とも言えない後味の悪さを覚えながら、待たせていた友達と後を追うように会場を出たのだった。

 

 それから数時間後、友達とアフターをしている間も、俺はずっと心の中がもやもやしていた。

 沖さんがどうなったのか心配で仕方がなかった。

 友達は俺がふさぎ込んでいるせいで何度かどうかしたの、って聞いてきたけど、俺はごまかした。ゲームBやってないしその友達は友の会にも入っていないため、これ以上話を拡大させたくなかったのだ。

 なんだかんだ20時くらいまで打ち上げをして帰宅した後、どうしても俺は気になっていたので沖さんに電話をかけた。相手はガラケーを持っていたので、電話に出ることができた。

 俺「沖さん、大丈夫? 泊まるところ取れた?」

 沖さん「うん。ビジホだけど取れたよ」

 そう聞いてほっとした。その日は日曜日だったため翌日は平日。俺は会社に行く予定だったが、相手はもちろん有給を取得していた。本来ならば東さんやゆーさんにーさん名さんと東京観光を楽しみつつ帰路に着く筈だった。

 俺「それはよかった、安心したよ。明日はどうする予定なの?」

 沖さん「明日は夕方の便で沖縄に帰るから、それまで一人でフラフラどこか行く予定。ありがとうね」

 その後いくつかやり取りをして電話は切られた。宿は確保できたようでものすごくほっとした。けど明日は一人で観光するのか……と思うとどことなくやりきれない思いがあった。

 東さんたちも月曜日は休みを取って泊ってる人たちとどこか行くという話は聞いていただけに、沖さんだけぼっちなのもな……と思いながら月曜日の朝を迎えた。

 

 月曜日になっても俺の心は晴れなかった。味のしない朝ご飯を食べて会社に向かう。向かいながら沖さんは今日帰っちゃうんだよな~~……と思っていたら、俺は突然心の中である決意が浮かんだ。

 沖さんを見送りに行こう、と。仕事は午後半休を取って羽田前で合流して数時間でもおしゃべりとかして空港で見送ろうと思ったら、朝出勤後すぐ上司に午後半休をくれと申請した。

 中の人は当時も今も同じ会社に勤務しているが、まだ当時は入社3年目くらいのヒヨッコだったため、有休もあまり出すのが好きじゃなかったのだが(今は改善したが、当時は有給を取るだけで理由を言わないとだめだったのだ)、今回はすんなり受理されたので、俺は沖さんの携帯に電話をかけ、午後休みを取ったからそっちに行く! と伝えた。

 午後になり、俺は会社を出て沖さんと合流すべく浜松町へ向かった。浜松町はモノレール羽田線がある。そっから空港へ向かう前に落ち合おうと話をしたのだ。

 午前中は何をしてたのかと聞いたら、秋葉原とかそっちのお店を回っていたようだった。あまりほしいオタクグッズがないと言ってたので、次来たら中野のサンプラザ行こうか、などと談笑していると、沖さんのガラケーが鳴った。彼女は電話に出ると、こっちは大丈夫だから、とか、今俺さんがいるんだよ、とか話をしていた。誰から電話だろう? と思っていたら、沖さんがガラケーをこっちに渡してくれた。

 沖さん「俺さんと話したいって。ゆーさんから」

 俺「えっ? ゆーさん??」

 意外な人から電話だったので、促されるまま電話に出た。

 ゆーさん「俺さん? 今日仕事抜けて(沖さん所に)来たんだって?」

 俺「ああ、ゆーさん。昨日はお疲れさまでした。ええ、沖さんを見送ろうと思って休んじゃいました」

 ゆーさん「俺さんごめんね、なんか面倒な事巻き込んじゃって」

 俺「いえいえ、俺がそうしたいと思って来たんだからいいんです。ゆーさんたちも今日お帰りでしたよね? 気を付けてお帰りくださいね」

 そう話していると、電話を替わったのか名さんが話してきた。ゆーさん同様に俺さんごめんね、って言ってきたので、ゆーさん同様にいいえ、と返事を返す。そんなやり取りをして電話を切り、ガラケーを沖さんに戻した。

 俺「ゆーさんから電話だったから驚いた」

 沖さん「俺さんがくるって話をSMSに書いたから、それを読んで電話をかけてきたんだろうね」

 なるほど、沖さんが俺が送りにやってくるって話をしたのか。じゃなきゃ電話なんて掛けられないよなあ……と心の中で合点がいった。

 その後俺と沖さんは羽田空港へ向かい、空港内のお土産を吟味したりしながら一緒に行動し、チェックインを済ませて搭乗口前で見送った。また来年おいで、と話をして。

 彼女はありがとう、と笑いながら搭乗口へ向かっていった。ここでようやく、ずーっと1月からつっかえていた胸のつかえが取れたような気がした。

 

 それからずっと、2007年か8年迄の毎年3月にゲームAのオンリーイベントは開催されたが、沖さんはどれも参加をした。その後出てくるゲームB関連の同人誌も俺と一緒に出して、本を交換し、自分の扱ってるキャラクターを描いてるのを見てニヤニヤし、やがてそれから数年後俺が沖縄に旅行に行く際にお世話になることになる。それから約20年沖縄には行ってないが、彼女とのやり取りはXでもつながっている。

 沖さんはイベント以外でもちらほら東京に来ることがあったりして、その際も何度か会うことがあった。中野サンプラザにも連れて行き、えらく興味を引いたのか何度も連れて行くことが多かった(笑)。

 ゲームBではやがてゆーさん名さんはゲームBのバージョンアップ版といえるであろうGC版に移動したため、ゲームBで沖さんがゆーさん名さんと遊ぶ事はこの時点でなくなった。

 俺と沖さん、Wさん、その他数名はDC版で遊び続けることになったが、今後出会う人たちとの関わりによって第二の事件が発生し、俺はそこでゲームBから完全撤退を強いられることになる。

 しかしながら、今でも沖さんとは繋がっているため、俺は20年近く前のこの一連の事件の行動は間違っていなかった、と今でも思っている。

 

(5)へ続く。