オンリーイベントの恐怖(1)

 中の人が約30年近く同人活動してきた中で、最も辟易……というより、もっともうんざりした経験がある。

 その一連の事件は、自分が発端となって起こしたわけでもなければ、自分のせいで誰かに火の粉がかかったわけでもない。

 ただ、とあるきっかけで、そしてそれが一度ではなく複数回……というより毎年必ずあったせいもあって、自分の中で一時期、オンリーイベントがトラウマになってしまった事があった。

 全く自分に非はないし、ほぼ中立的な立場でいたのに、いつの間にか自分が悪者扱いされていた……そういう経験、した人はあるだろうか?

 そして仮にもし、自分がそういう立場に立たされた場合、どういった行動をすべきだったのか?

 20年以上たった今も、自分の中では一切、解決は生み出せないし、禍根を残したまま、当時の人間関係はばらばらになってしまった。……しかしながら、自分が唯一、手を出した(という言い方もおこがましいというか、厚かましく感じられるかもしれないので、上から目線で言うのは今回限りとする)人とは今もSNSの世界で細く長くつながっている。もうそれこそ十数年会ってはいないけど、近況をたまに話す程度の付き合いは続いている。

 

 今回から、複数回に分けて話すのは、とあるゲームジャンルのオンリーイベントがきっかけで、色々とひと騒動が起きてそれが10年近く続いたという、長い長い話をしていこうと思う。

 

1.前提

 前提として挙げたのは、この長い話をするにあたって、とある二つのゲーム作品が絡んでくる。そのゲーム作品は、開発は違えどパブリッシャーは同じだった。発売年度が3年ほど違うだけなのという位で、ジャンルはRPGというひとくくりでまとめれば同じではあったが、時代設定がまるで違うゲームだ。3年前に出たゲームをA、3年後に出たゲームをBとする。

 自分は当時、Aのゲームで同人活動をやっていた。地方イベントで細々本を出していたがさっぱり売れなかったため、都内のイベントに出たところ即完売したという事もあり、ほぼビッグサイトで行われるComic Cityやコミックライブ等に参加しては同ジャンルの人と交流をしていた。20代初頭というのもあって、アグレッシブというより無謀の方が勝っていたが、自分の本もそこそこ売れていたのもあって、交流も売り上げもまあまあ順調だった。

 そんなゲームAのオンリーイベントが開催されるというのを聞いて、もちろん自分は即応募した。このイベントではまだまだ顔見知りといった人はほぼいなかったのもあって、特に何の問題もなく完了した。ここで売った本がきっかけで手紙(2008年Twitterが出るまでリアルタイムでの交流などなかったのだ)が来ることもしばしばあった。この時はオンリー最高! 好きなゲームの本沢山買えて最高! とほくほくしていたのを覚えている。

 

 そしてそれがきっかけで、自分は中部地方に住んでいるゲームAが好きな友達と出会い、ネットで電子メール(笑)をやりとりし始める。ポストペットが流行っていた時代だった。自分はじんぱちを使っていた(笑)。

 そしてその友達が中部地方のイベントに出るというので、(今もあるポートメッセなごやである)じゃあ自分も参加する! という事で新幹線のぞみを使って一路名古屋へ行った。当時のぞみはまだ開通したてで、TOKIOのambitious,Japan! の歌が新鮮で聞きながらのぞみ号に乗っていたのを今でも覚えている。

 宿泊は友達が家で寝るといいよというので、お邪魔させてもらった。色々と生活観が違いすぎて自分の中では二度目はないなと思った(失礼)。そしてその時教えてもらったのが、ゲームBという作品だった。

 これは当時ではパソコン以外では出ていなかった、電話回線を通じてオンラインで遊べるネットワーク対応のゲームだった。それがコンシューマ機で遊べたのだ。

 大体ここまで言えば、自分と同世代の人は「あああのゲームだな」と察しはつくと思う。それほど大衆的にも売れたゲームだし、当時は一躍人気を得ていた。そんなゲームを教えてもらったものだから、自分は友達の家で遊んだだけでハマってしまい、関東(自分は関東甲信越住まいだ)に戻り次第すぐゲームソフトを買い求め、夜な夜なオンラインの世界に興じた・・・・わけでもなく、週末に友達と寄り合って遊ぶのが当たり前になった。これが2000年~2004年くらいまで続いた。

 

 そしてこれが自分がやがてオンリーイベントへのトラウマを植え付けるきっかけとなる……などとは、当時の自分には思いもよらなかった。

 

(2)へ続く。